自分ではしっかりしてると思っているのだが…
穴
小学生前か小学生の時だったかは、はっきり覚えていない。母方祖母宅だったか、田舎のボロボロ一軒家だったかも覚えていない。鮮明に覚えているのは真っ暗な穴。
そこはまだ下水道が整っていない和式の”ぼっとんトイレ”、汲み取り式トイレ。出来るならば行きたくない場所だ。我慢するくせがついていた。
その時もこれ以上我慢できないと感じ急いでトイレへ駆け込んだ。でも何かがいつもと違った。で、どういうことが起こったか記憶していない。ただ気付いたときは目の前にトイレの床が見えた。とっさに手を付いた。右足がトイレの穴底へ向かって垂れている。考えたくなかった。動けなかった。動いたら…いろんなものがくっついてくる(;一_一)…
助けを大声で求めた。尿意もどこかへ行ってしまった(不思議なものだ)。数秒後、抱えてもらい、脱出できた。
ギリギリで行動するものではない。教えられたはずだけれど、未だに改善されていない。大人になってもトイレに纏わる失敗エピソードは人より多いかもしれない。
授業中当てられて
小学校三年か四年生の時のこと。算数の時間。その時は問題の答えを導くための数式を問われていた。簡単な数式。ほとんどの生徒が手を上げた。自身もその一人。
積極的に授業を受ける生徒ではない自身が先生にとって目立ったのかもしれない。当てられた。
「〇ー△」
自身は普通に答えたつもりだった。しかし周りではくすくすと笑いが起こってる。???…男子が”どうして机をもちあげるんだよぉ!”で笑い声が大きくなった。
持ち上げたつもりはなかった。力が人より強いのかもしれない。当たるつもりはなかったから慌てたのだと思う。
それからのその学年のあだ名が”〇ー△”になった。でも何故かそのあだ名は嫌ではなかった。
空港のトイレ
ある空港で搭乗時間まで待機していた時の話。30代の頃。
搭乗ギリギリでトイレに行こうと決めていた。行列が出来ていた。焦った。(また焦った状況を作ってしまった💦)
行列の最後尾につけその時を待っていた。
やっと自分の番。
勢いよくドアを閉め、和式(また和式…)のトイレに跨った。
ああ間に合った。搭乗にも間に合う。良かった…
安堵したその時、視線を後ろに感じた。
後ろに目をやると掃除に入った女性がいた。
…静かにドアを閉めた。そして何もなかったように立ち去った。
頭の中でグルグル考えた。記憶を打ち消したかった。
同時に原因を考えた。…勢いよくドアを開け、その勢いのまま閉めて錠をかけたつもりだった。でも実際は閉めた時の力が半端なかったのだろう、ドアがバウンドして戻ってきたのも気付かずに錠をスライドさせロックしたつもりになっていたと思われる。
赤ちゃん時代を除いて人生初めて(最初で最後)トイレシーンを見させてしまった経験。恥ずかしかった。

成長
過去を振り返って成長ないと感じる。20代にもトイレエピソードがあるがそれはまたの機会にしようと思う。それは慌てるというより不用心の為起こったことだから。
ポジティブに捉えるとしたら、話すネタが増えたということだろうか。