この「手紙」は犯人捜しではなく犯罪者の弟の苦悩を描いた小説だった。
悪循環から抜け出せるかもしれないと思った瞬間兄からの”手紙”が台無しにする。それが繰り返され読んでいて滅入った。なかなか読み進める気持ちになれず読み終えるのに数カ月かかった。即トイレ本になり一日2~3ページしか進まなかった。一気に加速したのは一時間以上待ち時間があった時だ。以下ネタバレ注意。
身勝手
主人公武島直貴の兄剛志が弟の進学費を何とか工面しようと緒方という裕福な高齢女性の一人暮らし宅に強盗に入る。剛志は身体を壊して働けなく致し方なく強盗を選んだとあったが他にも方法があっただろう。その行動は浅はかで自分本位だ。
侵入後早々と札束を見つけ逃げればいいのに弟が好きな天津甘栗を取りに行ったりTVを付けたりした。家主がいないとふんでいたから出来た行動だろう。でも充分生活スタイルを観察したわけではないのにその日はどうして大きな家に家主がいないと判断できたのだろう。そこにも幼稚さを感じた。
その行動が強盗殺人へと変えてしまう。
兄の願い
遺族に会って線香をあげて欲しいと弟に頼む。兄の気持ちを汲んで緒方家の門の前まで行くがどうしても名乗ることが出来なかった直貴。
考えてみれば高校生がその壁を超えるには高すぎる。自分じゃねーしと心の奥底で思ってしまうはずだ。何より遺族の反応が恐ろしいはずだ。想像を絶する。
でも遺族側からすると線香を上げに来られてもと思う。本人じゃないとしても耐えられないはずだ。やった側とされた側の傷はまるで違うのだ。
救い
ベースが強盗殺人だけに全般暗さ満載だった。夢、就職、恋愛とチャンスが直貴に何度も来ながらもそれが潰れる様は予想がつき心の準備をしていても気が重くなった。
高校生だった直貴は両親代わりの兄が捕まり生活に困るが、兄の想いもあって高校を辞めないことを選択した。でも周りの目を避けながら生活費を稼がなければならない。最初は面倒を抱える煩わしさを感じていたであろう担任の梅村教諭も兄の罪を隠しバイト先を紹介したり力になった。
廃棄物から再利用できるものを回収する会社で仕事をしながら通信教育を受ける気持ちさせた言葉をくれた廃棄物会社社長福本、酒の勢いで殴り合った寮友倉田、事情を知りながらもずっと明るく接する白石由実子、ミュージシャンになりたいと思わせてくれたアツい寺尾、周りの反応に対する怒りは筋違いだと言い切った平野社長等前向きに捉えられる出会いがあり読み進める原動力になった(#^^#)
閉口
主人公が過去起こした兄の罪の影響を受けて欲しくないと願いながら読み進めてきたが不快に感じた場面があった。
直孝は恋をしその先を望むようになった。そこまでは理解できた。でも自分が”明るい世界の扉”を開けるために裕福な家庭の相手女性を妊娠させることで既成事実を作り結婚を親に強引に納得させようとする考えには閉口した。そこには愛ではなく兄と同じ身勝手さがあった。
不快でしかない。
愛
廃棄処理会社で働いている時に知り合った白石由実子はつかず離れ過ぎずずっと直孝の”傍”にいる。彼女は最初から積極的にグイグイくる。苦手なタイプだと感じたが人となりが徐々に開示されることで彼女の持つ純粋さと芯の強さを感じ印象が変わっていった。
押しつけではなく様子を見ながら直貴を明るい方向へ導くさまは好印象でしかなかった。
第一印象がぼんやりしたものであっても(むしろ鬱陶しいと感じるほどであっても)長い付き合いの中で変わっていくものだ。
やっと
ある事件で被害者家族になりその痛みを知った直貴は、大学卒業後就職した会社の社長平野や由実子の言葉の影響もあり兄が起こした殺人強盗の被害者の息子緒方に詫びに行く。
それを受け入れた緒方忠夫は兄剛志の手紙を渡す。そこには家族を守る為に出した直貴の絶縁状が兄の幼稚さを正したことが分かるものだった。
緒方忠夫も終わりにしようと直貴に伝えた。
兄と弟
終章では音楽を聴くきっかけを作ったアツい寺尾の誘いがありデュオとして兄のいる刑務所に慰問する。
最初舞台からは兄がどこにいるか見つけることが出来ないが突然後方が光って見えたとある。科学的に証明することが出来ない領域である”意識の繋がり”は確かに存在する。経験済みだ。だからこの描写がしっくりきた。
それはまた長いトンネルを抜けた先に見える光とも思えた。
声が出てこないのは自分の意識が変わった証だ。
出会い
この本には重苦しい現実世界が全体を通して綴られている。暗いのは苦手だが読み進めることが出来た。それは(その中で主人公本人も途中感じていることだが)人間捨てたもんじゃないということだ。苦境の中で本物が見えてくるのは”自然の摂理”だ。
それを見極める為わざと苦境を作り出すのは愚行だがそれに対峙しなければならなくなった時は”あぶり出し作戦”と物事を捉えて対処する方が楽なのかもしれない。それをこの本からあらためて意識の中に入れるようにと言われたような気がしている。