大学一年生のとき。

荒んだ心

当時としても珍しく厳しい寮で一年間生活していたことがある。花(?)の大学生活の始まりが規律が厳しくガッカリ。意識している以上に自分の中に激しい抵抗があり、先輩方に無駄な訳わからない意味不な態度を取っていた。(今はそんな自分を受け入れてくれた先輩方の懐の深さに感謝している。)

素足は厳禁。ストッキング着用のこと。人と出会ったら必ず挨拶を何度もしなくては本人直接ではなく、一つ上の先輩が注意を受ける世界。同じ時間帯に同じ人に会っても”おはようございます”を何度も言っていた。

門限は18時半、土曜日は20時位だったと思う。寮にいる間は自習時間、就寝時間等きっちりスケジュール管理されていた。TVも見れなかった。心が荒んでいた自分にとって外部から遮断されたような感覚だった。

不思議体験

集団生活では協調性、忍耐が必要だ。その中で楽しみを見つけていった。恋バナ、故郷の話等刺激があった。以下のことは楽しみとは言えないけれど、”一致団結”出来る不思議なテーマになっていった。

霊感強い先輩が毎晩寝られないので有志が先輩の部屋に集合し交代で様子をみたことがある。先輩がうなされているのを交代で診ながら他は明かりを灯して雑談。楽しかった(^・^)

毎晩トイレで音が鳴っていた。一年中。

部屋で青白い男の人を見たという体験を聞いた。女子寮だから基本いないはずなのに真夜中に。部屋の中央に皆でお茶する為のテーブルがあるがそこに座っていたと一番冷静沈着な一年上の先輩が話してくれた。

自身も不思議な体験をした。同部屋の同期が嘘を言っていない限り私は二段ベッドの下に入ってく彼女ではないスリッパの音を聞いている。

自習中は基本自習部屋にいなくてはならないが、私はさぼって寝室部屋で真っ暗な中横たわって休んでいた(自習中は他の部屋は消灯しなくてはならない規則)。さぼってばれないかなと少しドキドキしていた。暫くして部屋のドアが開いてスリッパの音。彼女も私のさぼり仲間だと思いながらも、彼女の声は大きく、とても驚く人なので声を掛けなかった。…で、点呼の時確認した。行っていないということだった。そんな経緯。寝ぼけていたのかもしれないが、自身はそう思っていない。

男子寮で飛び降り騒ぎ。命に別状はなかったが、警察、救急車駆け付け騒然となった夜もあった。

墓地跡に建てられた寮であることもあるのではと先輩から聞いていた。そういう事実に皆異常に反応したのだろうか。それだけじゃないと感じている。夏に死者が出た。(サマースクールに参加された方と聞いている)

得たもの

振り返るととても貴重な時間を過ごした。

見知らぬ人でも躊躇なく挨拶が出来ること。これが最大の宝になった。挨拶が返ってこなくさみしい思いをすることもあるけれど、それでその人に態度を変えることはない。不審がられてると分かった場合を除いて。

いただきます。ごちそうさまです。と手を合わせること、恥ずかしながらこの時徹底された。母が恥ずかしそうにそして有難そうに寮生活で教育してもらったと話していた。

外側から見る景色と、未知な世界に入って見えてくる景色は違うことが多い。一見負のように見えること(私の場合制限された生活)が実は大きな財産になってる。

可愛い子には旅をさせよというけれど、本当に実感している。可愛い子かどうかはさておきそれをさせてくれた両親に感謝感謝感謝。