冒頭から読みづらさが半端なかった。どの本も最初はその世界に入っていくのに時間が少しかかるものだけれどアガサクリスティーの推理小説の今まで読んだ中で一番とっつきが悪いものだった。日常とかけ離れている雰囲気がそうさせたのかもしれない。
スパイ、大使館、兄弟の武運、国籍などの言葉に少し拒否反応を持ちつつ無理やり文字を追った。頭にスッと入ってこないから何度も読み返した。でもそこに時間を使っても前に進まず面白くなくなったから頭に入らなくても軽く流して読み進めることにした。
読み終えた今その部分を改めて読み直した。そうせずにはいられなくなった。この本を読んだ人は高い確率で読み直すことになると思う。(以下ネタバレあり)
吸引力
100頁を過ぎた頃だろうか、登場人物の中でこの人だけは犠牲者になって欲しくないと思ってしまうキャラクターに出合った。キャサリン・グレーの本質が表現されればされる程魅了された。物語の後半で登場するかどうか思わず目次を確認した程だ。
10年もの大切な時間をある女性のお世話に費やした彼女は、結果その女性から遺産を丸々相続することになるのだけれどその聡明さが変わらない。そこが一番の魅力だ。お金で人が豹変していく様がよくドラマや本で表現される。本やドラマだけのことではない。実際現実でもドロドロした世界に従妹が巻き込まれている。子を授かれなかった彼女はパートナーの親族からの圧力に押され財産相続も絡み(パートナーに守ってもらえず)離婚に追い込まれている現実がある。人の欲がもたらす醜態にうんざりしていたところだ。でもそれは特別なことじゃない。大金を手にすると人が変わってしまうのは自然なことだ。大昔から繰り返してきた人間の性だ。でも彼女は全く変わらない。この聖母のような人から目が離せなくなった。推理も楽しかったけれど、彼女のキャラクターの一つ一つが示されるたびに引き込まれた。
特に引き込まれたのは二つのある意味連動した事柄が分かった時だ。不思議体験願望が昔から強かったからなのかもしれない。
ある富豪の娘ルースはフランスへ向かうべく環状線に乗る。その中で向かいに座るグレーに自分の秘密を突然告白する。旅の目的が愛する父への背徳感へ繋がる為か取り乱している。グレーは驚きながらもそれを静かに受け止めなだめるように父へ電報を打つのはどうかと提案した。その言葉に落ち着きを取り戻したルースは船に乗り換えフランスのカレーで南フランスへ向かうブルートレインに乗車する。グレーも従妹に会う為同じ列車に乗る。一瞬で初対面の人の心の扉を開けてしまう力に吸い寄せられた。10年間聴き役に徹したことが彼女の中にそもそもあった魅力を増大させたのかもしれない。
そのブルートレインで強盗殺人が起こりルースはその犠牲者になる。同じブルートレインに乗車していた名探偵ポアロとある意味タッグを組み事件を解決していくのだがそのポアロが後半でグレーの不思議な能力を紹介するシーンがある。敢えてそこは表現を割愛しようと思う。前述のルースとのことだ。彼女の魅力に強く引き寄せられたエピソードの一つだとだけ伝えたい。
ダンサー
グレーと対比する位置にミレーユというダンサーがいる。彼女は自分の容姿と魅惑的なしぐさを武器に社会的に力のある男性を虜にしその力を利用する女性だ。プライドを傷つけられるとすぐ癇癪を起す。そして欲しいものを手にする。若い時だけ通用するものだと感じる一方で、今を楽しめているのだからそれはそれでアリかもと思う。揺るがない愛情を求めるより物の価値で自分の価値を決めることに幸せを感じるのならOKなのだ。お金は裏切らないし(笑)
姪
大金を得たグレーに人が集まってくる様は自然だけれど執着を感じ醜くて嫌だ。彼女の従妹もその一人だ。救いは彼女の娘レノックスだ。
母親とはいえ容姿も性格もまるで違う。似ないことも多くあるのだ。自分の娘を思った(顔のつくりは似ているけれどスタイル、性格はまるで違う。華奢で、愛想がよく誰からも好かれる。特に年上には人気がある。羨ましい)。
レノックスは自分の母親がグレーと仲良くするのはお金目当てだと本人に伝える。従妹その娘以外の身寄りがないグレーに寄り添う。そこがいい。まっすぐで筋が通っていて飾り気がないところに好感持てた。共感した。
ポアロ
主役のポアロはストーリーテラーっぽく感じた場面が多かった。それ位登場人物が魅力的だ(グレーがポアロの助手になるんじゃないかとも思った。ヘイスティングスみたいに)。
名探偵はゆらゆらひらひらしたり(この表現伝わるだろうか💦)、時に高圧的になったり、自尊心丸出しになったり人間味あふれていた。
でも最後はキメてくれスッキリした。同時に自分が目の前の事象に翻弄され整理できていないことを自覚した。何故冒頭面白くもない、想像力をなかなか働かせられない描写が続いたのか、中盤一番怪しい人物がお縄になったことを考えれば犯人を特定できたかもしれない。悔しい(笑)でもそこが推理小説を楽しむことに繋がるのだろうと残念さを抑えて納得させた(笑)
本の感想としてここに記すような内容があまりないと最初実は感じていた。以前読んだ「ABC殺人事件」では哲学的な言葉に自分を肯定させることが出来てワクワクしたからこの作品にも自然期待したからだ。でも今回は魅力的なキャラクターを好きになれた。聖母を目指したい(笑)