10月13日は父の命日だ。亡くなって六年になる。今年は七回忌ということで10月上旬父が生まれ育った町で近しい人たちだけ集まって会食した。
ホテルの個室ではなくフランス料理店に集まった。最初はホテルで父が好きだった中華料理をと母は考えていたが試食したところ脂っぽくてNGを出した。従弟の妻から息子の学校関係で利用したことのあるフランス料理店(コートドール)がいいと聞きそこに決めたとのことだった(たまたまそこの支配人が父のことを知っていると会が始まる直前に聞いた。ご縁を感じた)。
ソムリエ
弟がお酒をソムリエと選んでくれたのだがシャンパン、白ワイン、赤ワインの流れ、味、勿論金額などとても満足できたことに感動した。
食事も美味しかった(後で聞いたのだが八千円コースがどの程度のものかよく分からないのだが兎に角美味しかった)。
更に食事を美味しくしてくれたのはそのソムリエの笑顔だった。彼の目は常に笑っていて突っ込みやすい雰囲気を感じさせた。親しみがあるというのだろうか。存在感はある様でない。それがソムリエには必要な才能なのかもしれない。見栄を張らせない柔らかい空気感を持ち、最適な品を選んでくれる。最高な時間を作ってくれた。
最後に感謝を伝えた。
選択
フランス料理をランチでいただいいた後は暫く叔母の家で休憩し宿泊ホテルへ移動。ゆっくりする間もなく夕飯として従妹同士居酒屋で軽く飲んだ(飲んでばかりだ💦)。認知症の叔母の世話をする従弟の愚痴がメインになってしまったのが残念だが爆発させる空間が無いのだろう、これで良かったのだと思えた。
翌日朝弟が虎杖浜温泉に行こうと提案してきた。家に帰ってもすることないしそう機会もないから。すぐさま同意した。弟はすぐに宿泊先を調べ予約した。決定が早く行動が速いのはいつもながら感心する。自身にはないことだ。
でもなぜ虎杖浜なのだろう。
虎杖浜温泉
国道沿いにそれはあった。一軒家の前に海眺亭と書いた看板が立っているだけだった。向かって左隣は普通の民家、右隣は長屋の温泉宿だ。のぼり旗がある意味温泉宿らしかった。実は少し心細くなった。今まで食事付きの温泉旅館やホテルにしか泊まったことがなかったからだ。シンと静かな一軒家を前にして寂しくなった。母も不安な顔を向けてくるから元気を出すしかないと思った。
寝室は三部屋で一部屋ダブルベッドが二台で12人は泊まれる。そんな中3人は贅沢だった。食卓の長テーブルはがっしりしていて座り心地好かった。キッチンも身長170㎝弱の自身にとって必要以上に腰を曲げずに気持ちよく使えた。調味料は置いてあるが口が開いているから必要以上には使わなかった。醤油、塩などは夕食の買い出しついでに買った。
夕食は片道40分くらい先にあるAEONで調達した。回らない寿司が食べたかったからネットで探したが持ち帰ることが出来ず(母が疲れ切っていた為宿泊先での食事が必須だった)断念💦持ち帰りできる寿司屋に立ち寄りネット注文したものをピックアップした。
母は待ちくたびれたのか疲れた顔をしてドアを開けた。
内風呂
風呂は内風呂と外風呂両方あった。源泉かけ流しで少し熱めだったから水を足す必要があった。
弟は一人先に入った。外は真っ暗。丁度その日は中秋の名月だった。本州は雨だったが北海道は晴れだ。ラッキーだった。月の明かりが海を照らしていた。聞こえてくる音や月の美しさに感動した様子で出てすぐ二人で入ってこいと命令口調( 一一)
食事前にと思いすぐ風呂には入ったが内風呂だけにして正解だった。というのは月の光はあったとしても安全を確保する程のものではない上に外は滑りやすく、浴槽は深かったから母を連れていれば滑って転んでいたかもしれなかった。中秋の名月を見ながら温泉に入れなかったのは残念だったが大怪我を負わせ旅行を台無しにせずに済んだと思えた。
≪余談≫
脱衣所で母の抵抗にあった。脱衣する前に「あなたもこうなるのよ」「あまり見ないでよ」「なんだか抵抗ある」など一緒にお風呂に入ることに抵抗されうんざりした。ある程度のことは慣れているつもりではいたが自身への配慮無い言葉が心を抉った。出産を機に何故か少しずつ亀裂が入って今に至っては相手の理解を得ようと努力する力を失い代わりに自分を守るための壁を高く高く”建築”することだけを考えている状態だ。自分の娘には感じないから湧き上がってくる悲しみと憤りをどう扱っていいか分からずにいた(その場はなんとかやり過ごしたが帰宅してから心が荒んで娘に吐露した)。母を反面教師にするしかなかった。
荒んだ心を美しい月が癒してくれた。
露天風呂
翌日早朝太陽が出る前露天風呂を楽しんだ。ご来光を楽しみにしてたけれどその日はあいにく水平線に雲があり見ることが出来なく残念だったが空気が澄んで風が気持ちよかった。
早く入らないと人が海辺に出てきてしまうと焦った。海辺に人がいてもその場所は見えない位置にあると思っていてもだ。外風呂は横の民家等の間に壁が設置され一応防御があったが観ようとするなら容易にみられる環境にある。自意識過剰なことは分かっていても早く入らなきゃと焦ってしまっていた。
普段なら紫外線を気にしてUVカットクリームを塗りたくるがシミが出来てもいいと思えた。
美しい風景と柔らかい風、穏やかな波の音を聴きながら長い間露天風呂を楽しんだ。一度入ってしまえば焦りの原因は全く気にならなくなった。湯舟とハンモックを何度も行き来して”整う”ことを楽しんだ。
露天風呂はいつぶりだろう。飛騨高山の温泉以来でそう遠くない記憶だが今回は格別だ。湯加減も最高。幸せだった。少し強引だったが選択してくれた弟に感謝した。
力
食事の用意に関しては工夫が必要な環境だが車があればなんとかなる。それよりも風呂が最高だ。ここは何度も訪れたい場所になった。これも亡き父が導いてくれたのだと思えた。